PEOPLE想いをつなげる
『DEAN & DELUCA MAGAZINE』創刊トークイベント vol.2 -後編

REPORT
松浦弥太郎×山村光春
「じっくり『おいしい』について話す会」で、話していたこと。
大阪・梅田 蔦屋書店 -後編
元『暮しの手帖』の編集長として、のみならず。書店「カウブックス」のディレクターとして、夥しい数の著書を上梓する文筆家として、またウェブマガジン『くらしのきほん』の主宰として。カラフルな遍歴を携えた松浦弥太郎さん。
そんな松浦さんとしても新しいチャレンジとなったのが、2019年に創刊された『DEAN & DELUCA MAGAZINE』の立ち上げでした。
雑誌というよりアートブックと見紛うような、実験的かつラジカルな構成。あえて答えを出さず、読者に問いかけるような姿勢。そこから浮き彫りになっていく、これからの時代に必要となる、大切なメッセージ。聞き手に編集者の山村光春さんを迎え、雑誌づくりの裏側を深掘りします。
自分が何を思うか

- 松浦
今、食に向きあうことを
日々の暮らしの中でできるのは、
きっと余裕がある人ですよね。- 山村
だけどほとんどの人は、そこまでの余裕がない。
- 松浦
そう。
なかなかできないんだけど、
ほんの少しでいいから、
自分なりに食生活や生活習慣をたのしむ。
そのきっかけや気付き、
知恵や知識を得てもらうためにつくったのが
『DEAN & DELUCA MAGAZINE』なんです。- 山村
松浦さんが立ち上げられた
ウェブメディア『くらしのきほん』もそうですし、
一貫した考えですね。- 松浦
そうです。
今、ものすごくいろんなものが便利になってますよね。
スマホの地図を見れば歩く時も道に迷わないし、
検索すれば答えは見つかるし、
困ったことがあればすぐアクセスできる。
また、いろんな考え方や説があるけれど、
これから人工頭脳みたいなものが発展して、
もっと便利になっていくでしょう。
何も考えなくてもいい、
答えを与えられている時代になる。だからこそ、ほんの30分でも、10分でもいいから
「自分はどう思うんだろう、どうしたいんだろう」
と、考える時間を持って欲しいんです。
自分の思う「おいしい」って何だろう。
考えとか、選択肢とか、語る言葉みたいなものが、
だんだん退化していく怖さがある中でも、
関心や好奇心をなくさないように、
自分たちで見つけて、それを手がかりにして、
暮らしや時間をつくっていって欲しい。
雑誌だけど、ただの雑誌じゃない
- 山村
そうした思いを
『DEAN & DELUCA MAGAZINE』に込めたわけですね。- 松浦
はい。
ただこれを見て
「素敵でかっこいい雑誌」と見えるかもしれないんですけど、
まったくそういうことではなくて。
僕は、皆さんが答えを自由に考えられるものをつくりたかった。
なぜなら、雑誌やメディアは答えという情報だらけだから。
で、わかったら
「自分にはもういいや」って捨てちゃったりする。
情報はすぐに古くなるしね。
でも、答えがないものは、今日読んでも何かわからない。

- 山村
ヒントはあるんですよね。
- 松浦
ヒントはある。
だけど1週間後とか半年後とかに見て、
自分なりの答えが見つかるものとして。- 山村
考えるきっかけを、ちゃんとつくりたかった。
- 松浦
そうです。
もちろんDEAN & DELUCAですから、
食、ライフスタイル、旅、日々の学びみたいなものは
網羅していくんですけど、
そこには何ひとつ答えは書かない。
共に考えよう。
これが本質なんです。
これはなかなかマニアックで、
印刷物だから雑誌なんだけど、ただの雑誌じゃない。
なにか今までとは違う初めての体験を、
手に取ってくれる人にしてもらいたいと思っています。
気付くかどうかわからないですけど、
特集みたいなことがいくつか入ってますよね。- 山村
ありますね。
アメリカで創作活動する画家のアトリエを訪ねたものとか、
あとイタリア・トスカーナの暮らしとか。- 松浦
普通、雑誌の特集記事はタイトルがあって、
ちょっとした見出しがあって、
言葉があって始まるでしょ。
これは、全部最後なんです。- 山村
これが本当に、トリッキーなつくりなんですよ。

- 松浦
さっき僕が言ってるのと矛盾しているかもしれないけど、
一瞬不親切に見える。
でも、ずっと不親切ではいかない。
「あっ、ここにちゃんと親切があった!」となるように。
だから一つひとつの特集の中に
ちゃんとタイトルがあり、説明があるんだけど、
一番最後にまとめてあるんですね。- 山村
あと、いきなり料理のレシピが載ってたりもしますもんね。
- 松浦
シーザーサラダや、ジャーマンポテトサラダ、
サンドイッチのレシピがまずあって、
最後のページに
「どんな料理にも物語がある」ってタイトルが入る。
写真もあとから見せる。
「これはこういう特集なんですよ」
と最初に答えを言わないことで、
ナチュラルに感じてもらいたい。
そういうコミュニケーションなんです。- 山村
最初の自分の感覚とか、
リアクションのようなものをちゃんと大事にする。- 松浦
だから「何だろう?」を、
いろんなところで感じてもらえるような。
たった60ページの冊子ですけど、
時間をかけてじわじわと楽しんでもらいたい。
ページ数が少ないから味気ないとか、
満たされないとかじゃなくて、
60ページでも
これだけのコミュニケーションができるんだということを、
僕なりに実験としてやってます。- 山村
僕が本当ににびっくりしたのが、
写真のキャプションも後にあるところ。- 松浦
普通はキャプションって、
こういう図版のところに
必ず書いてなきゃいけないんですけどね。
最後にまとめてある。- 山村
それがすごいなって思いました。
- 松浦
これも、
僕なりの新しいアイデアでありメディアです。
それも根底にはまさに今日話した、
おいしさのことや、親切をすること。
その意識をふんわり持ってもらえたらうれしいなと。- 山村
それが自分の暮らし方なり、
生き方に繋がっていくのでしょうか。- 松浦
そうですね。
やはり、
僕らがこれから大事にしなければいけないのは、
形のあるものじゃない気がするんですよ。
お金で買えないもの。
気付きとか意識とか知識とか、
そういうものが、これからは価値があると思う。
僕らはまだまだ気付いていない
「おいしい」に対する発見を、
それぞれが考えてくれたら。
そういう時間を、一日のうちで失わないように。- 山村
テクノロジーに飲み込まれないように。
- 松浦
そのために大切なのはひとつ、
しつこく言いますけど、自分で考えるということ。
今日どう思う?
明日はどう思う? と、
常に考えることを失わないようにしたい。
それが一番の豊かさだし、一番大事だし、贅沢。
答えはすぐには見つからない。
僕らがいいなって思えるのって、
そういうことだと思いますよ。

松浦弥太郎 YATARO MATSUURA
エッセイスト、クリエイティブディレクター。十代で渡米。アメリカ書店文化に触れ、エムアンドカンパニーブックセラーズをスタート。2003年、セレクトブック書店「COWBOOKS」を東京・中目黒にオープン。2005年から『暮しの手帖』の編集長を9年間務め、その後、ウェブメディア『くらしのきほん』を立ち上げる。現在(株)おいしい健康・共同CEOに就任。『今日もていねいに』『考え方のコツ』『100の基本』ほか、著書多数。